2012年 04月 04日 ( 1 )

マイ歴史

 私が民謡を始めたのは、母の影響だった。
母は三味線が好きで、元芸者さんから習っていた
丁度世の中は 民謡がブームになってきた頃で今から30~40年前の話だ。

 私はその頃中学生で、母のポツンポツンと鳴らしてした三味線を聴き「下手くそ~~」って思っていた。それから大人になり・・・。久し振りに聞いた母の三味線の音は、中学の時に聞いた音と全く同じだった。「金比羅船船」をiいつもいつも 楽しそうに弾いていた。

 大橋純子の「ビューティフルミー」をうまく唄いたかったが高い音が出なかった。「お母さん 民謡を習うと声が出るようになるかな??」と言ったのが 民謡を始めるきっかけだ。「三味線もしますか?」の問いに 答えは勿論「ハイ」 
 
 その頃家にいた私は、家の手伝いをしながら 空いた時間に三味線を稽古した。「三味線は年寄りがするものだ」と思っていたが、いざ弾いてみると楽器であることを実感し面白かった。若くもあり音楽も好きだったのですぐに母を追い越した。

 声は出たし・・習い始めてすぐにコンクールに出された。しかし初めて出たコンクールは敗戦!!「何で」って思った。こんなに上手な私が落ちて あんな下手なおばちゃんが通るの??って怒り心頭だった。

 ・・・いやいや 下手な時ほど「自分はうまいんだ」って思うこと。まさにその時の私がそのものである。その2ヵ月後またコンクールがあり、その時 初めて優勝した。民謡を始めて7ヶ月目。曲目「おてもやん」

 そのあくる年 私は東京の日本武道館で歌えることになった。
その時の写真が下の写真である。

 実はその時に収録したレコードがあったのだが ・・・。
あの時は声に伸びがあって勢いもあった。 是非聞きたいと思う。

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by honjoh-hidemi | 2012-04-04 21:49 | 民謡活動